ビリギャルの著者、坪田信貴さんに聞く「子どもを伸ばす親の在り方と新聞の活用法」【中編】

『学年ビリのギャルが1年で偏差値を40上げて慶應大学に現役合格した話』(通称ビリギャル)の著者で坪田塾の塾長である坪田信貴さんに、子どもの伸ばし方や親としての心構え、新聞の活用法などについてインタビューしました。

 

前編の記事はこちら

 

「やる気になったからできる」ではない。できるから、やる気になる

ビリギャル・小林さやかさん動画の中で「小さなできるを大きなやる気に変える」という言葉が印象的でした。

小さいお子さんを持つ親御さんは、子どもの小さな「できる」を「やる気」に変えていくためにご家庭でどのような働き掛けができると思いますか?

 

坪田さん:皆さん、「うちの子はやる気がない。やる気にさせるにはどうしたらいいですか?」って必ず聞かれますが、僕は「『やる気スイッチ』なんかないですよ」という話をします。

というのも、僕たち大人は仕事ができないときに、仕事スイッチってどこかなって思ったりしないじゃないですか(笑)。大人も子どもも、水泳ができないときに「水泳スイッチ」を探したりしませんよね。

 

なぜ、やる気だけは、やる気スイッチを探すんでしょう?

やる気スイッチを探す親御さんは、「まずやる気になってから勉強して、それからできるようになる」と思っている方が多いのですが、実は全く逆です。

できるようになるからやる気が出るんです。

仕事に関しても、仕事ができてうまくいっている人は、仕事ができるから楽しくてすごく頑張るんですよ。

できないことや、うまくいかないことに「やる気」を持つことは難しいんです。

やる気にさせたかったら、「できる」という状態を先に作らないといけません。

  

「できる」は主観

 ただ、「できる」というのは主観なんです。

例えば、アメリカ人に日本語しゃべれますかと聞くと、大抵イエスって言うんですよ。

 

話してもらうと(微妙なイントネーションで)

「コンニチーハー!」

 

ほら、日本語しゃべれるでしょ?みたいな感覚です(笑)。

でも、僕は「ほんとだ! 日本語しゃべれてるじゃん! すごいね!」と返します。

 

そのアメリカ人に「ソーリーは日本語で何て言うの?」と聞いたときに、たとえ正確に言えてなかったとしても、なんとなくニュアンスが出ていたら「そうそう、それそれ! オッケー」と言う。

これが小さな「できる」を「やる気」に変えるということなんです。

勉強ができないお子さんが「勉強が嫌い」と言っているのは、あくまで子どもが自分の主観で「自分はできない」と思っている状態。

 

でも、そもそも「できない」とは何を指しているのでしょうか?

 

できないという子も、漢字や文章は意外と読めたりします。高校生ぐらいになったら、意味は分からないかもしれないけど、それなりに新聞の記事を読むことはできます。これって実はすごいことなんです。

 

日本で生まれて、日本人として育つハードルの高さ

我が家では、今年小学校1年生になる娘をインターナショナルスクールに行かせているのですが、日本語は他の言語と比べて覚えることが多くて大変だなと思うことがあります。

インターナショナルスクールは時間割の8割が、UOI(Unit Of Inquiry)という探求の授業です。どういう授業かというと、「あなたは何者で、どこから来て、人生の目的って何だろう?」ということを考える時間なのです。いわゆる国語や算数といった授業は、1日の中で1時間程度しかないんです。


それに対して、日本の小学生は1年生から国語・算数・理科・社会・道徳などの授業があります。また、漢字が読めなかったら、日本語の教科書を読むことができないので、1年生から国語の授業は毎日のようにあります。その結果、小学校で覚える漢字は6年間で約1,000字。音読み・訓読みや熟語も含めたら、それ以上になります。

でも、英語の場合は、アルファベット26文字にそれぞれ大文字と小文字があって、たったの52字だけなんですよ。

 

日本語で勉強するためには、すべてにおいて日本語がベースになるのに、その日本語のハードルがけっこう高いんです。難しい漢字を覚えて国語をクリアしても、他の科目でも覚えることがどんどん増えてゆく。そんな毎日を過ごしていたら、勉強嫌いになっても仕方ないと思います。

僕は、日本語というだけで学問に至るまでのハードルが高いことを、娘がインターナショナルスクールに通っているからこそ認識できました。

でも、僕の塾に来る中学生・高校生の子たちの多くは、それまでに教わってきた漢字を読めているじゃないですか。その土台ができている時点で、「よく高いハードルをクリアしてきたね!」と伝えたいのです。

 

しかも日本は、いすにちゃんと座って、姿勢を正して勉強するという、マナー的なことまで求められます。

これでは勉強嫌いになる子がほとんどだろうと思います。

 

自分で勉強できないと思っている子に「でも、結構漢字読めるじゃん」と伝えると、「本当だ。私、結構頑張ってきたな」って感じると思うんですよ。

勉強を頑張ってテストでいい点数を取って、前より成績が上がっても、親御さんが「頑張ったね。でも、まだそれぐらいじゃダメだから、もっと頑張りなさい」という反応だと、子どもは辛いと思うんです。

 

小さな「できる」を認める 

僕だったら、子どもがちょっとでも机に向かって勉強しようとしていたら、「え、なに、今から勉強するの? 偉いじゃん!」と伝えます。

 

しかも、それが1分続いたら、「えっ、1分やってるじゃん!」「昨日はゼロだったよね。がんばってるね、偉いね」と伝えます。これが、小さな「できる」を認めることだと思います。

 

―1分で・・・認める力がものすごいです。

 

だって、少しずつ出来てきているのに、「まだそんなんじゃダメだ」「80点なんてまだ20点マイナスだろ」みたいに言う先生がいたら嫌ですよね。

成績が伸びていなくても、例えば今まで塾に来られなかった子が塾に来るようになっただけでもすごいということを認めるんです。

塾の時間に30分遅刻してきたとしても、「本当は行きたくなかったかもしれないけど、こうやって足を運んで、しかもちょっと申し訳なさそうな顔してる。もうそれだけで、来ないより全然いいから」と伝えます。

そうすると、「いえいえ、すみませんでした。明日はちゃんと来ます」みたいな反応になるんですよ。

 

そこを「お前、よくも遅刻してきたな。やる気がないなら帰れ!」と言われたら、帰りたくなります。

 

小さな「できる」を積み重ねたら、どこまでも行ける

―坪田さんの褒めポイントの発見の仕方がすごいですね。

 

坪田さん:本当ですか? ありがとうございます。

もう一つエピソードを紹介すると、以前、不良っぽい生徒さんがいたんです。

その子に「今の学力を知りたいから、テストを受けてくれる?」とお願いして、ペンを渡しました。

すると、ペンを10秒ぐらい持った後に、ポイっと投げ捨てたんですよ。

もし自分が塾の先生だったとしたら、なんと声を掛けますか?

 

―うーん・・・ビビって何も言えないかもしれません。汗


 僕は次のように伝えました。

 

「今、ペンを投げたけど、それって多分、自分はこんなテストやるつもりはないっていうことを示すためにやったんだよね?

 

でも、本当にやる気がなかったら、まずペンすら持たないよね。ペンを持ってちょっと考えたってことは、自分なりに少しはやろうかなと思って、実際に行動したんだよね。


けれども、やっぱちょっと難しいとか、よくわからない、やりたくないって気持ちがあって、ペンを投げたんだよね。

ペンを持ったってことは、ちょっとは前向きに行動しようとしたっていう証拠だね。」 

そう伝えると、「先生、頭おかしくない? そこ普通は、怒るとこじゃないの?」って、その子に言われたんです(笑)。 

 

―そこまで言われたら、ペンを投げた本人も、あれ?怒らないの?って思っちゃいますよね。笑 

 

そこで僕も笑って、「いや、でも実際そうじゃん」って言ったら、「たしかに」とその子は返事をしてくれました。

 

そこから「じゃあ1問でもいいからやってみようよ」と伝えると、「わかりました」と言って問題に取り組んでくれたんです。

僕がもし、「なんなんだその態度は!」と怒ったり、「じゃあ、また今度にしようか」と流して対応していたら、もうその子は塾に来ていなかったと思います。

でも、あれから勉強したその子は、いまではお医者さんになっています。

あの一件のあとも、少しずつ彼の小さな「できる」を見つけて向き合っていきました。

 

小さな「できる」を積み重ねていったら、どんなところにも行けるということは、僕自身が生徒との実体験からすごく感じていることです。

  

「私にとって、あなたは宝物」

―お子さんがいらっしゃると伺いましたが、ご家庭でもそのようになさっているんですか?

 

坪田さん:うちの子どもに関しては、命の危険がなければ何をやってもいいという方針です。

そもそも僕は偉くないし、親というだけで、子どもとは仲間や友達みたいなものだなと思っています。だから、子どもに対して「あれをやりなさい」「これをやりなさい」と言う立場でもないと思っているんですよ。

 

僕は毎日娘に、‟I love you. You are my treasure(君は僕の宝物だよ)”と伝えています。

 

最近は、僕が言おうとすると、「私はトレジャーなんでしょ」と娘のほうから言われます(笑)。

ちなみに娘は僕のことを父上って呼ぶんですけど、すごくかわいいなと思っています。

 

―可愛いですね。お父さんの愛情がしっかり伝わっていると感じます。 

子どもには「父親は私のことをすごく大切に思ってくれている」「宝物だと思ってくれている」っていうところだけ、覚えていてほしいと思っています。

 

正直、僕はいつ死ぬか分からないじゃないですか。今日、交通事故に遭ってこのまま亡くなるかもしれない。あるいは長生きするかもしれないけれど、娘とずっと一緒に生活していけるとは限らないです。

これから彼女の人生で、いろいろと辛いことや大変なこと、裏切られることもあるし、あるいは暴力を振るわれることがあるかもしれない。

 

自分に自信を持てなくなる瞬間がきっとある。でもその時に、1人でも自分のことを宝物だと思ってくれる人がいるだけで救われる。それだけでいいと僕は思っています。

 

だから、小さな「できる」をやる気に変えるということは、「私にとってあなたは宝物だよ」というメッセージを伝えることでもあると思っています。

それが伝わるだけで、みんな受験にかぎらず人生やる気になるんじゃないですかね。

 

新聞は自分勝手に読めるメディア。1日で起こった世界中のことが凝縮されている

―新聞は何紙くらい読まれているのですか?

 

坪田さん:30歳ぐらいまでは海外の新聞も含めて1日に9紙は読んでいました。もちろん主要紙は全部読みますし、スポーツ新聞からタイムズ紙、ニューヨーク・タイムズ、ワシントン・ポストも読んでいましたね。

 

―すごいですね。何のために9紙も読まれていたんですか?

 

坪田さん:新聞は1日に全世界で起こったことを凝縮して教えてくれるんですよ。こんないいものは他にないじゃないですか。

テレビは発信側のペースや順番で聞かされますが、新聞は自分のペースで読めて、しかも同じところを何回も読むことができます。

自分のペースで読めるからこそ、理解が遅い人はゆっくり読めばいいし、分かるまで何回も読むことができる。しかも、どういう順番で読むのかも自分で決められます。だから、自分勝手に読めるメディアなんですよ。

当たり前ですけど、ワシントン・ポストはアメリカ人にとって重要な記事が書かれているし、ニューヨーク・タイムズだとウォール街が中心にあるので経済系の記事が多かったり、エンタメのことが書かれていたりします。

タイムズ紙だとヨーロッパのことがメインに書いてあったり、日本だったらやっぱり日本のニュースが多いじゃないですか。

 

だから、昨日世界で起こったことで本当に重要なことって何だろう、あるいは、重要じゃないことって何だろうとか、こっちの新聞ではすごく重要かのように書かれているけど、実は大したことないんじゃないか、と想像しながら読んでいました。

 

前編でもお聞きしていたように、フィルターを偏らせないために9紙を読んでいらっしゃったんですね。

 

はい。その日1日で起こった世界中のことが凝縮された新聞は、いろんなフィルターで読めます。また、自分が体験した1日と、世界中で起こった1日が一致する瞬間と全然違う瞬間があるんですよね。だから、新聞は自分と世界との距離を知る、ひとつのフィルターとしても使っています。